郷士くん

郷士くん(ごうしくん)は、十津川村のマスコットキャラクターです。村の活性化のため、日々奮闘中。イベント等への出演依頼、着ぐるみ、キャラクターの使用申請は随時受け付けております。

豊かな表情で多彩なポーズを決めます。

and more!

郷士くんのお仕事

十津川村をPRするため、テレビやイベントへ出演します。十津川村でお祭りやイベントがあるときは、応援にかけつけることもあります。(お休みの日は十津川村で温泉めぐりをしています。)

イベントに出演してほしい!オリジナル郷士くんグッズを作りたい!など、出演依頼、キャラクター使用申請は随時受け付けております。

「郷士くん」の由来となった「十津川郷士」とは…

昔は、およそ60の村を総称して十津川郷(とつかわごう)と呼ばれていました。郷民は古来から狩猟生活が中心であったことから弓矢に優れ、神武天皇を八咫烏(やたがらす)として大和まで先導し、壬申の乱(672年)では天武天皇を支援したと伝えられています。これらの功績で無年貢措置を受け、これが郷の伝統となり、それは明治6年の地租改正まで続いたのです。
中世、郷民は一種の武力集団として、その存在は重視され、近世では文禄4年(1595年)の紀州山地村一揆や慶長19年(1614年)大坂の役に呼応した北山郷一揆を鎮圧するなど、十津川郷士の呼称が徐々に世間に知られるようになります。もちろん大坂の役にも十津川郷は徳川方として参戦しました。
幕末には200名近くの十津川郷士が交替で京都御所の守衛をしていました。文久3年(1863年)朝廷から「菱十(ひしじゅう)」を賜り、それが十津川郷の郷章となって、今日の村章に、そして明治22年の水害で北海道へ移住した「新十津川町」の町章にもなっています。また、元治元年(1864年)には、孝明天皇の内勅によって郷塾「文武館」を開校、現在の県立十津川高校の前身となって、県内では最も歴史の古い高等学校となっております。
これら十津川郷士の功績を称え、末永く後世に伝えるとともに、村の活性化を目指すこと(心身再生の郷づくり)を目的に、「郷士くん」のイメージキャラクターを作成しました。