移住者インタビュー

秘境で暮らすってなんだろう。
実際に十津川村に移住した方たちにお話を聞きました。

40代 アクティブなお母さん春夏秋冬を
肌で感じる暮らし。

プロフィール

もともと葛城市にお住まいだった大谷さん。結婚してから数年後、ご主人の実家・十津川村へ。3人の元気な息子さんを育て上げ、大自然の中での生活を満喫しています。

決め手になったのは「一生食うに困らせない」という言葉

夫と付き合って間もない頃、実家へ遊びにという名目で連れて来られたのが、十津川村との最初の出会いでした。その頃は十津川村といえば谷瀬の吊り橋のイメージが強く、村の大きさもその周辺ぐらいかなと思っていたら、吊り橋を過ぎてからもどんどん山の中へ入って行く。そこでまず抱いた印象が「広っ!十津川村」だったことが、今でも強く記憶に残っています。 交際中もゆくゆくは十津川村に移住するという話を聞いていましたが、最初は慣れない生活や仕事をやめなければならないことに少し不安がありました。だから実は、結婚を決めたのは3回目のプロポーズ。でもその時に言われたのが、「贅沢はさせてあげられないかもしれないけど、絶対食うに困らせない」という台詞。山とともに生きてきた夫の言葉だったからこそ、とても説得力がありました。そうして結婚後、数年間奈良市内に住んでから、14年前に夫と長男を連れて移住してきました。

季節の移り変わりを楽しめる十津川村で営む生活

十津川村に移住してきてからは、大自然の中での暮らしが楽しくて、それまでの不安はひとっとび。特に季節の移り変わりを全身で感じられるのが十津川村の魅力です。春は山菜や茶摘みを楽しみ、夏は川で水遊びや鮎釣り、秋は紅葉やキノコ狩り、冬は山の雪景色や温泉に癒されぼたん鍋に舌鼓を打つなど、「村民よりも村民らしいね」と言われるほど十津川村での生活を満喫しています。
そして、当初から持っていた「“お母さん”になる」という夢も叶いました。もともと田舎の方に住んでいたこともあり、大自然の中でのびのびと子育てがしたいと思っていたので、子どもが山で元気に走り回っている姿を見ると、つくづく十津川村に来て良かったなと思います。子どもの世話も地域全体で見てくれる、そんな温かさも十津川村の良さのひとつです。

目標はフルマラソンをサブ3.5で!

十津川村で暮らし始めたころは、知り合いもおらず、1日中ほとんど家の中にいて家族以外とは話さない生活に、孤独を感じていたこともありました。そんな中、産後ダイエットのために始めた早朝ウォーキングで、たまたま一緒になった近所のおじいちゃんと仲良くなり、毎朝おしゃべりしながら歩けたのが、とても癒しになっていました。
そのウォーキングから発展して今ではランニングが趣味のひとつに。村のチームから声がかかって十津川村駅伝大会に参加し始めたことから、だんだん走るのが楽しくなり、気付けば今年で連続10年参加のトロフィーをもらうほど。次の目標は、毎年参加している奈良マラソン(フル)をサブ3.5(3時間30分以内)で走ることと、昴の郷マラソン大会(ハーフ)で優勝すること。これからも十津川の山を走り続けます!

十津川村のおいしいものを発信してファンを増やしたい

もう一つ、楽しみになっているのが「パン作り」です。手作り弁当や無農薬野菜などを販売する「にこにこ農園」というグループに誘っていただき、4年前から道の駅「十津川郷」で毎週土曜日に朝市を運営。私はパン担当として、十津川の食材を使ったパンを作って販売しています。また、毎週水曜日はカフェ「ほっと十津川」でもパンを週替わりで出しています。どれも喜んでもらえてやりがいがあります。
パンの材料にしているのは主に大谷家で作っている米と村のおばあちゃんたちが作ったむこだまし※1や十津川なんば※2。もちもちとした食感やとうもろこしの風味がたまりません。中でも十津川なんばをクッキー生地にして上に載せ、メロンパン風にしたパンは好評でした。そんな十津川村のおいしいものをみんなに知ってもらいたい。パン作りを通してそれを発信していくことで、十津川村のファンをどんどん増やしていきたいです。

※1 むこだまし…十津川村で作り続けられてきた餅用の粟の一種。一般的な粟の粒は黄色なのに対して、白色で白い餅ができるため、婿が米の餅と間違えたことから「むこだまし」の名がついたといわれている。炊くと粘りが強い。
※2 十津川なんば…十津川村にある在来種のとうもろこし。乾燥させて粉にしたものを、風味付けとして餅やパンなどに使用する。

編集後記

「パン作りは仕事、お菓子作りは趣味」という大谷さん。そんなお母さんの姿を見てか、一番上のお兄さんはパティシエになるべく勉強中だそうです。弟さんたちも一緒にお菓子作りを楽しんでいるようで、微笑ましいご家庭でした。いただいたケーキやパンも、とてもおいしかったです。ごちそうさまでした。